2010年12月18日土曜日

宝くじで1億円当選した場合の使い道

BizIDで「あなたは1億円をどう使い切る?」という面白い記事が出ていた。

第1回目のカテゴリは「お金・金銭感覚」について。いきなり露骨で恐縮ですが、話が盛り上がるのは「宝くじで1億円当選した場合の使い道を真剣に話し合う」(これをテーマ1とします)。冗談半分でやったことのある人も多いと思いますが、これを真顔でシミュレートしてみましょう。

私が1億円当たったときの使い方は決まっている。住宅ローンと学資保険を全部払い、残りはどこかに寄付してしまう。貯蓄とか投資なんて考えない。なぜなら、大金を持ってしまうと真面目に働くなってしまう恐れがあるけど、36才の私にとって生涯賃金1億円(=あと25年働くとすると年収400万円?)では少ないし、投資信託で懲りてから資産運用なんて考えたくもないからだ。住宅ローンと学資程度が、私のお金を使える「限界」であり、それ以上のお金を持ち続けたら逆に落ち着かなくなる。

「身の丈に合ったお金」という考え方をよく表しているのが小説「金色夜叉」の名セリフだ。主人公の貧乏学生「貫一」が、大金持ちに求婚されて心が動いている婚約者「お宮」を説得する有名なシーンで出で来る。(青空文庫の金色夜叉から抜粋)

雀が米を食ふのは僅わづか十粒か二十粒だ、俵で置いてあつたつて、一度に一俵食へるものぢやない、【中略】富山の奥様と云へば立派かも知れんけれど、食ふところは今の雀の十粒か二十粒に過ぎんのぢやないか。よしんばあの財産がお前の自由になるとしたところで、女の身に何十万と云ふ金がどうなる。何十万の金を女の身で面白く費へるかい。雀に一俵の米を一度に食へと云ふやうなものぢやないか。

結局、「貫一」のセリフに「お宮」の心は変わらず、「貫一」は腹立ちまぎれに「お宮」を蹴飛ばして立ち去っていくが、「貫一」の予言通り「お宮」は不幸な夫婦生活を過ごすことになる。上の記事を読んで、私は「1億円あったら何に使う」なんて妄想を夫婦で話し合うよりも、お互いの金銭価値を理解しあうことのほうが大切だと思った。

まあ、身の丈以上の収入が得られる、ということ自体が妄想といえば妄想だけど・・・。

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